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科学的見地から逆算して考えるウルトラトレーニング

こんにちは。24時間走競技・元世界チャンピオンの井上真悟です。

私が16年間かけて取り組んできたこの特殊なウルトラマラソン競技は、一般の方へ知られることや理解されることが難しく、日本人選手がどれほど世界の舞台で活躍をしても、その本質が認知される機会は昔も今も決して多くはありません。

しかし、本当に成果を出している選手の考え方や準備のロジックは、この競技へこれからチャレンジするランナーだけでなく、他のウルトラマラソン、フルマラソンで記録向上を狙う市民ランナーにもきっとお役に立てるはずです。

なぜなら、競技そのものが過酷であるからこそ、準備は理にかなった効率的かつ、健康を逸脱しないレベルに留めなければ本当の意味での成果が出せないからです。

私も他の市民ランナーと同じく、日常生活のなかでマラソンのために使える時間は限られており、無理をすれば疲れ、無茶をすれば壊れ、そしてなにより、怠け、飽き、忘れやすいただの人間に過ぎませんが、

それらを自覚した上で、なぜ成果を出し続けてこれたのか?
先週 世界ランキング暫定6位の成績で準優勝をおさめた「神宮外苑24時間チャレンジ」までの約半年間おこなってきたトレーニングの実例も交えながら

⑴ 科学的見地から逆算して考えるウルトラトレーニング
⑵ カラダを壊さず成果を出す科学的トレーニングの応用
⑶ 本番の失敗リスクを全てたたきつぶすための準備論

の3テーマを3回の記事に分けて発信してゆこうと思います。

一連の記事をとおして、より多くの方に24時間走者がおこなっている準備の本質を知っていただき、ご自身のランニングライフに応用してもらいながら、私をふくめ世界で活躍するトップランナーたちの存在意義が示せればと思っています。

そもそも”逆算”で成りたっているマラソン攻略

24時間も走りつづける競技だと、眠気や消化不良、足の痛みなどさまざまなトラブルが起こりますが、それらの対策の話しは一旦置いておいて、まずは単純に
「どうトレーニングすれば、ウルトラマラソンでの目標達成に必要な身体能力が手にはいるか?」
についてをまとめます。

と、その前に。
なぜ今これだけ多くの人達がマラソンを完走できるのか?
についてですが、実は人間が42.195kmまでの長距離走をより効率的に、より速くゴールするためのトレーニング理論は今から50年も前にアメリカの著名なランニングコーチ、ジャック・ダニエルズ博士によって運動生理学的にはほぼ解明されています。

日本を含めた世界中のランニング指導者や実業団選手、市民ランナーで、レベルの高い走りができている選手のほとんどはこの理論を理解した上で効率的なトレーニングをおこなっているからと言っても過言ではありません。

コチラのサイトでは、ジャックダニエルズ理論が整理して紹介されていますが、できれば書店にてマラソントレーニングの世界的なバイブルとも言える「ダニエルズのランニングフォーミュラ(ベースボールマガジン社)」を購入し、理解を深めることをオススメします。

ウルトラマラソン攻略に必要なトレーニングの最低量は!?

ただ、100km以上のウルトラマラソンに関しては目標達成に必要なトレーニングを理論的に解明できるコーチが長年おらず、ランナーの多くは「月間走行距離」を目安とした量の練習を組み立ててきました。

例えば、本番で260km以上走って24時間走の日本代表になるためには、
3ヶ月前には、月間600km!
2ヶ月前には、月間800km!
1ヶ月前には、月間1000km!を目標に走り込もう!というように。

しかしコレは考えてみればおかしな話しです。

だって、
28日間しかない2月と
31日間ある他の月の練習量が

または
週末を5回はさむ土曜はじまりの30日間と
週末を4回しかはさまない月曜はじまりの30日間の練習量が

または
1回の練習で20km×毎日 =月間600km と
1回の練習で40km×2日おき =月間600km
のトレーニング効果が

正確に同じ尺度で比較できるはずはありません。

そもそも一ヶ月という単位は、ひとつのトレーニングのくくりとしては漠然と長すぎます。

ただし、ウルトラマラソンでは1日だけものすごく超長距離を追い込むよりも○日連続で走り込む「セット練」を定期的に取り入れたほうが故障リスクを分散させながらレース後半に対応するスタミナがつきやすくなることも事実なので、必要な練習量を1日単位で設定することも逆に細かすぎてしまいます。

そう考えると、万人にとって最も管理しやすいトレーニング量の目安は、1週間を一括りとした「週間走行距離」です。

職種にもよりますが、ほとんどの人の生活リズムは一週間で成り立っているのではないかと思いますのでトレーニングに必要な時間づくりを曜日ごとにルーティン化し、練習量の正確な比較も週単位であればしやすいと思います。

では、ウルトラマラソンで成果を出すために必要なトレーニングの「量」とは具体的にどのくらいなのか?

コレは科学的な話しというよりも、
私の経験則から言えることですが、

たとえば、100kmウルトラマラソンで記録を狙っているランナーが、大会本番のパフォーマンスに最も影響する大会3~2週間前のトレーニングで、本番と同じ100kmさえ7日間の合計で走れていないのだとしたら

それは流石に練習量不足だと私は思います。

俗にいう「100㎞完走のためには、直前3週間前の60㎞走が有効」も、結局はこの条件を満たしやすくするための一つの要素にすぎません。

そのため、一番大切な最終走り込み期に60km走しかおこなっていなかったため、やはり本番失敗したというランナーは多いはずです。

24時間走の場合だと、たとえば240㎞を目標にするランナーだとしたら
やはりトレーニングの最終追い込み期には、7日間の合計で240kmは走れておかないと、本番の負担にカラダがついてきません。

ちなみに私は2011年のサロマ湖100㎞前、30㎞走以上の距離走はスケジュール的にできませんでしたが最大20㎞までの帰宅ランの組み合わせで週間走行距離120㎞は走れており、練習の質もこの投稿の次の項目で紹介する条件を満たせていたため、結果 7時間2分5秒の自己新記録にて当時目標としていたその年の日本代表入りを果たすことができました。(※現在の日本トップクラスの100㎞ランナーに通用する記録ではありませんが)

なのでウルトラマラソンで成果を出すためのトレーニング量で最も重要なポイントは、本番3~2週間前の週間走行距離だと、自信をもってお伝えできます。

しかし最終的な週間走行距離が重要だからと言って、大会の2ヶ月も3ヶ月も前から週間走行距離の走り込み量だけしか意識しないのだとしたら、トレーニングは非効率であり、故障のリスクも増え、飽きもします。人間だもの。

全体的な組み立てとして、これがもしフルマラソンであれば

量を中心としたトレーニング [主に筋持久力の向上が目的] (約12~9週前)
質と量のバランスのとれたトレーニング [主に乳酸耐性の向上が目的](約8~5週前)
質を中心としたトレーニング [主に心肺機能の向上が目的] (約4~2週前)

という流れが効率的になるのですが、ウルトラマラソンでは最終的に必要な身体能力が普段のジョグペースでどれだけ長時間を走れるかとなるため、

質を中心としたトレーニング[主に心肺機能の向上が目的](約12~9週前)
量と質のバランスのとれたトレーニング [主に乳酸耐性の向上が目的](約8~5週前)
量を中心としたトレーニング [主に筋持久力の向上が目的](約4~2週前)

と、前の期間で向上させた能力をフルマラソンの逆パターンで次の期間で向上させたい能力の土台にしてゆくことが効果的です。

「意識しているつもり」でも実際には成果がでていない。

という人は、一つのトレーニングメニューで効果が定着するには最低6回は反復が必要と知っておくとよいと思います。

数ヶ月にわたる全てのトレーニングの目的は、最終的に 本番3〜2週間前の「目標・週間走行距離を達成するため」だと意識するだけで、漠然とした不安から不必要な距離走に頼る練習方法での故障リスクが減ります。

※極論を言えば、まったく練習していなくてもレースの3~2週間前だけ大会本番と同等の練習量を走りこみ、かつ次の項目で紹介する運動生理学的な数値をクリアできているのなら、本番で目標達成できる可能性はあると私は思います。しかし、なかなか人間の身体はそうはいかないから、少しずつ練習で量に慣らしてゆくのが一番故障しにくいですよというだけの話しなのです。

(2010年の24時間走世界選手権前も、私が一度の練習で走った最長距離は36㎞程度でした。ただし最終追い込みの週間走行距離は、帰宅ランの組み合わせで計316㎞に達しており、大会ではロードアジア新となる273.708㎞を記録しました)

目標達成に必要となる具体的な身体能力数値

前述のとおり、100km以上のウルトラマラソンで目標達成に必要なトレーニングを理論的に解明できるコーチは長年いませんでした。

がっ!

そんな状況に風穴を開けたのが、神宮外苑24時間走大会の第一回優勝者でもある岩本能史コーチの著者「完全攻略ウルトラマラソン練習帳(講談社)」ではないかと私は思っています。

この本自体は、24時間走競技ではなく100kmウルトラマラソンを攻略するための内容ですが、
特筆すべきは、全国各地の100kmレースの膨大な完走記録をもとに統計学の観点から算出されたF値データです。

このF値データにより、たとえば国内で最も身体能力が記録に直結しやすいサロマ湖100kmウルトラマラソンを例にすると、

フルマラソンを4時間で完走することができる人なら、
100kmの最速予想タイムは、
4時間 × 2.7(サロマコースのF値) = 10時間48分
ということが分かります。

これは、必ず10時間48分でゴールできますよという意味ではなく、計算上、10時間48分以上は今の身体能力のままではあなたには不可能ですよという意味です。

もちろん、身体能力を最大限発揮するためには、レース本番のさまざまなトラブルに対処するための準備が不可欠ですが、その話しはまずは置いておきます。

また、F値データを応用すると、
例えば「100km目標10時間切り」のためには
そもそもフルマラソン3時間42分の走力が必要であり、

それはつまりジャックダニエルズの理論で説明すると、

E) 1km6分10秒ペースで30分~150分間のジョギング
M) 1km5分19秒ペースで40分~110分間のランニング
T) 1km4分58秒ペースで5~20分間の疾走
I) 1km4分32秒ペースで5分間の全力疾走

の練習メニューをこなす身体能力が最低でも必要だということになります。

ここまでは、科学的に説明がつくようになったのですが、難関なのは100km以上にマイナーな競技である24時間走をどうスポーツサイエンスでアプローチするかです。

しかし、コレも昨年10月に私が主催したウルトラアカデミーで新澤英典コーチが統計学の観点から割り出した計算式

[24時間走の最大距離目安]
男子 1920 ÷ 100kmタイム (h)
女子 2040 ÷ 100kmタイム(h)

によって、解決しました。

要するに、
ジャックダニエルズ理論

岩本さんのF値データ

新澤さんの計算式
の3つを整理すると、

例えば、ある男性ランナーが
24時間走で240kmの目標を達成するには、
100kmを8時間で完走できる能力が必要であり
それはフルマラソンを2時間57分で完走できる能力であり
要するに、

E)1km4分55秒ペースで30分~150分間のジョギング
M)1km4分10秒ペースで40分~110分間のランニング
T)1km3分56秒ペースで5~20分間の疾走
I)1km3分37秒ペースで5分間の全力疾走

の練習をこなせる身体能力が最低でも必要だよということになります。

この身体能力に達しているランナーがレース3~2週間前に必要なトレーニング量もこなせていたのなら、目標の240kmを大会本番に達成できる可能性は十分にあります。

ちなみに、今回 準優勝の成績をおさめた神宮外苑24時間走についてですが、私の現実的な目標は、自身が世界チャンピオンになった8年前に打ち出した273.708kmのロードアジア記録を更新することでした。

その現実目標を達成するためには、
そもそも
100kmを7時間で完走できる能力が必要であり
それはフルマラソンを2時間35分36秒で完走できる能力であり
要するに、

E)1km4分21秒ペースで30分~150分間のジョギング
M)1km3分40秒ペースで40分~110分間のランニング
T)1km3分29秒ペースで5~20分間の疾走
I)1km3分12秒ペースで5分間の全力疾走

の練習をこなせる身体能力が最低でも必要だよということでした。

その算出をしたのが、今から約半年前の5月です。
その同じく5月に、あるトレーニング課題への失敗からアキレス腱炎を発症してしまい、6月、7月、8月は3ヶ月の合計で200kmほどしか走ることができませんでしたが、迷うことなくランニング以外のトレーニング方法でウルトラマラソンに必要な能力を高める工夫をしてきたので、最終的なレースの3~2週間前には下記のようなセット練をこなせるようになれました。

IMG_3165

このセット練を1キロ約4分20秒ペースでの60km走3日連続

という読み方をしてしまうと、やはり
「市民ランナーとは次元が違いすぎて参考にならない」
と言われてしまいそうですが、
同じ練習データの視点を変えると

IMG_3166

IMG_3167

ほぼ、最大心拍の60~70%強度(おしゃべりジョグペース)で4時間30分間走 × 3日連続

としても見ることができます。

こちらの見方なら、少なくとも私と同じ24時間走の選手であれば、追い込み期の練習として極端に凄まじい数値とは思わないはずです。

むしろ、追い込み期に1日10時間以上も走る選手もいるなか、私は1日にたった4時間半までしか走らなかったのです。翌日の練習までの約19時間は、回復のために真剣な時間の使い方をしたため、3日連続の走り込みとはいえ消耗ではなく成長ができたことも数字に表れています。

今大会を私が自身の最低目標であった「日本代表権・獲得圏内」の成績で終えられた最大の要因は、
夏前にアキレス腱炎を発症し、約3ヶ月はほぼ走れなかったにも関わらず、最終的に1km4分20秒ペースがおしゃべりジョグ(E)に感じられるレベルまでに身体能力を高められたからだと思っています。

ただ、ならばなぜ理論上 狙える最大値の273kmにおよばない260km台の記録で、優勝も逃してしまったかというと、練習中のアキレス腱の違和感から、最終追い込み期で走るべきだった週間走行距離273kmの課題を断念したからです。(上記のセット練ふくめ計5回の練習で計240㎞までを走行)

それは今回に関しては英断だったと割り切っていますが、1年後の世界選手権までにはアキレス腱を完治させ、さらなる身体能力の向上と週間走行距離の最終課題の両方をクリアできる状態に仕上げたいと思っています。

次回のブログ記事では、
そもそも井上は、なぜ3ヶ月間も大して走れなかったのに、最終的に1km4分20秒ペースがおしゃべりジョグに感じられるまでに身体能力を伸ばせたのか?についてをまとめたいと思います。

[参考資料・24時間走/100㎞/VDOT 早見表(男性ランナー用)]

IMG_3277

[参考資料・24時間走/100㎞/VDOT 早見表(女性ランナー用)]

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井上真悟プロフィール 1980年東京生まれ

26歳時、父の他界をきっかけに挑んだ通称「世界一過酷なウルトラマラソン」サハラ砂漠マラソンにて2年連続日本人1位となる。その後、ランニングコーチとして児童を対象にしたコーチング経験を積む傍ら、日本全国の児童養護施設へ走って訪れる活動を展開(2007~)出逢った全ての子供たちを喜ばせたいと思い、当時「20代では結果が出せない」と言われていた24時間走に絞った競技活動に打ち込む。2010年、伝説のウルトラランナーと呼ばれていたスコット・ジュレクとのレースを制し、20代初の同競技・世界タイトルを獲得。現在は、「2020年・金栗四三のアメリカ大陸5000km横断駅伝」の実現をめざし、精力的に活動中。

近日中・実施予定セミナー

12月1日(土)大阪開催GARMINランニングコーチ井上真悟の42.195㎞攻略クリニック

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